「ごめんなさい、遅くなったわ」
カミュの部屋に恵美が訪問したのは夜も11時を回った頃だった。
恵美は大きなマッサージチェアをホテルの従業員と共に部屋に持ち込み、部屋の中央に置いた。
「マッサージチェア?」
「そうよ、マッサージするわけじゃないのですが」
訝しるカミュの肩を持ってベッドから立たせた恵美は置かれたばかりのマッサージチェアに誘導する。座ると意外に上質なのか、柔らかく体を包み込んで気持ちが安らかになる。
「悪いのだけど、今日はここに座って寝てもらうわね」
恵美は毛布とタオルケットを準備しながらにこりと微笑んだ。
座るカミュに毛布とタオルケットをかける。そして患部の右足を露出させ、バケツに張ったぬるめの温水に浸けた。
「どう、カミュ。気持ちいい?」
「うん、あったかい」
カミュの言葉に満足した恵美は温水に浸かったままのカミュの右足を優しく揉む。じっくり時間をかけて柔らかくほぐしていく。
温水の気持ちよさと相まって、カミュの意識が眠りの中に落ちていきそうになる。
「このまま寝ていいのよ。明日の試合に備えないと」
まどろむ意識の中で恵美の優しい声が響いていく。
「いい、これから一晩かけてあなたの右足を温かい温水の中で揉むの。それは患部に溜まった悪い血を血流に乗せていくこと」
「温水は一定の温度を保つように少しづつ取り替えながら朝まで、血を抜くためにマッサージを一晩かけてじっくりと」
「カミュ、あなたは寝ているだけでいいのよ。私があなたを戦える体にするから……だから……」
そのうちカミュの意識は眠りの中に溶け落ちた。
ホテルの外、車の音や街行く人の喧騒が窓の隙間から僅かに聞こえてくる。
朝を迎えるその音にカミュは目を覚ました。
そう、結局カミュはマッサージチェアに座ったまま朝を迎えていた。
右足は眠る前と同じくとても温かい。
カミュは少し体を起こしてバケツに浸かる右足を見下ろしてみた。
暖かな温水に浸かった右足、それを優しく包んでいる恵美の両手。
恵美はカミュの足をマッサージしながら意識を失い、その場に座り込んで寝息を立てていた。
(本当に一晩中、アタシの足をマッサージしてたのっ?)
一晩中マッサージをすることすら骨の折れる作業であるのに、更に温水の温度を保つために定期的にお湯の入れ替えもしなければいけない。
献身、それだけは括りきれない。
「……エミ……」
体を起こして足元に突っ伏している恵美の体に触れる。恵美ははっと目を開くとすぐさまカミュの右足を揉み始める。
「ごめんなさい、いつの間にか寝ちゃってたわ…」
「もう、いいよエミ」
カミュは温水の中から右足を抜いた。一晩中浸かっていたからか、皮膚はふやけてしわしわになっている。
そして、足首をくるりと回してみる。
(…………これはっ!)
全くと言っていいほど痛みが無くなっている。
「どう?カミュ。痛みは?」
「治ったよ」
カミュはゆっくり立ち上がる。
「エミ、治ったよ」
カミュはそう言って微笑んだ。
そして彼女は心に決めた。
今日の試合はチームのため、アカネのため、そしてエミのために走る。
そう心に決めたんだ。
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