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【2017/07/26 19:42 】 |
無駄じゃないと信じてる


「な、な、な、なんでおるんや??」
相沢ちとせは涙を拭うことすら忘れて口をパクパクとさせる。
松原聖は無邪気に笑ってから肩をすくめる。

「決起会なんてある程度挨拶が済めばいる必要ないしね」

あまりにあっさりとこの監督は言ってのけた





「それよりもそれ、全部見せなさいよ」
聖がちとせに向かって手を出す。「それ」とはマイケルが作ったトレーニングメニュー全部のことであろう。ちとせは一瞬逡巡する素振りを見せたが出された手が引かれないのを見て渋々全部揃えて手渡した。

受け取った聖はふむふむとかむうとか唸りながら丹念にページをめくっている。
ちとせはぼおっとそれを眺めていたが、ふと今まで泣き腫らしていた事を思い出して慌てて目尻を拭ったりしていた。


真剣な表情でページをめくっていた聖だったが遂には腰巻のところからペンを取り出して直接何かを書き込み始めた。



この人は何をしているんだろう。
田園調布との練習試合で「だいっ嫌い」と直接言われ、その後のチャレリチームとの練習試合でも一切出してもらえず、紅白戦も全部控えチーム。シーズンインしても使ってもらえる見込みすらない。
大体この監督は自分を疎ましいとさえ思っていたはずで、それが急にどうして?

気持ちを落ち着けると段々と疑問符が沸いて来る。そしてそれに回答を見出そうとするとポジティブな回答は得られない。自然と目つき鋭く首を傾げた挑戦的な姿勢で聖を睨みつける格好になる。


聖はそんなちとせの視線を気にしていないのか、それとも気がついていないのか。ファイルを右手に持ったまま立ち上がるとベンチプレスの器具のところに向かい、ちとせを手招きした。

「はい、寝て」
有無を言わせないような感じだったからかちとせはおとなしく言葉に従いベンチに横になる。聖は寝ているちとせのちょうど胸の辺りにかかるバーベルの重さを調節し、少し軽くしてから持つように指示。ちとせは数回持ち上げて降ろす。さっきより軽くなったせいか楽に感じる。

「じゃ、行くわよ。次は私が手を5回叩く間でゆっくりあげる」
聖が手を叩く。そのペースは速いとは言えず、ちとせはじっくりと力を込めてバーベルを上げていく。


(うわ、これキツイやんか…)

腕の筋肉が痙攣にも似た震えが来る。そして次は手を叩くペースに合わせてバーベルを降ろす。
これも尋常ではないキツさ。


「どう?キツイでしょ」
聖が悪戯っぽい笑顔で笑う。ちとせは先ほどまでの毒気が抜けてしまったかのように素直に頷く。
「これはスロトレ、スロートレーニングっていう方式なの」

トレーニング方のひとつであり、ゆっくりと筋肉に負荷をかけて鍛える方法。

「これで筋肉のうち遅筋、中間筋、速筋を順番に動員してバランスよく鍛え上げるのよ。あなたは中盤の選手だから特に遅筋をしっかり鍛えられれば長時間のプレーも苦にならなくなるはず」

サッカーでは遅筋、速筋両方重要になるのだが長い間の走力などを考え合わせれば特にMFには遅筋が重要になる。スロトレはその遅筋をしっかりと鍛えるのに適したトレーニング方であると言える。



聖はもう一度ファイルを見て、それからベンチから上半身を起こしたちとせにそれを手渡した。

「少し手を加えたわ。でもこのトレーニングメニューは本当にあなたの事をよく考えて作られているわ」
そこまで言ってから聖はニヤニヤ笑ってちとせに顔を近づけた。

「彼氏?これ作った人は?」
瞬時にちとせの顔が真っ赤になる。そして勢いよく首を振った。
「ちぇ、違うのかーアタシの見立ても鈍ったわねー」

正確には違ってない。作ってくれた頃は確かに彼氏彼女の関係ではあった。だがそれを今更説明するのは気が引けた。


「知子コーチに話を通しておくから明日からこのメニューでフィジカル強化しましょう。上手くいけば1ヶ月くらいで結果が見えてくるわよ」

「……監督、ちょっとええか?」
「やーね、聖ちゃんって呼んでって」
「ええから」

ちとせが目つき鋭くピシャリと聖の言葉をさえぎった。聖は軽くため息を吐くと真剣な表情でちとせに向き直る。

「どうしてや?あんたはウチの事嫌ってたんじゃなかったか?何や急に?」
「あら、それは誤解よ」

聖はきょとんとした表情に変えた。何を今更、といった感じだ。

「私はあなたのコロコロ転ぶプレースタイルが嫌いだっただけよ。あなた自身はそうじゃないし、むしろ負けん気の強い芯の通った姿勢は好きよ」

ニコリと笑う。今度はちとせがきょとんとする番だった。
「嫌いだった、か?」
「そうよ。そのつもりじゃなかったの?」


ぶるっと震え、それが合図だったかのようにちとせの瞳から涙が溢れてくる。さっきの悔し涙とは明らかに違う涙が頬をつたった。



アメリカで過ごした3年間は無駄だったか?
無駄じゃない。無駄じゃない。
それを声高に言うために、今は力をつけよう。
ちとせの心に火がついた。そう、NYストレンジスに移籍したときのように―


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【2011/09/10 21:35 】 | Others League | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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